ブックレット・ロゴス

岡田 進『ロシアでの討論─ソ連論と未来社会論をめぐって』
ブックレット・ロゴスNo.10

ソ連は何だったのか、ソ連崩壊の教訓は何かを探る。

岡田 進『ロシアでの討論──ソ連論と未来社会論をめぐって』
2015年6月15日刊行
四六判 94頁 1000円+税
ISBN978-4-904350-36-2 C0031
表紙写真:井口義友
第2961回日本図書館協会選定図書

著者紹介

出版記念討論会のご案内

書評

ロシアでの討論──ソ連論と未来社会論をめぐって:目次

はしがき

第1章 ロシアにおける新しい社会主義論
 1 社会主義をめぐる三つの潮流
   A ロシア連邦共産党系の社会主義論
   B 社会民主主義の社会主義論
   C 「批判的マルクス主義派」の登場
 2 A.ブズガーリンの新しい社会主義論
   A 社会主義とは何か
   B 社会主義の経済メカニズム
 3 社会主義をめぐる論争
   A 21世紀に社会主義革命は必要か
   B 十月革命は社会主義革命だったか

第2章 社会主義論における「スラヴ派」と「西欧派」
 1 文明史観による「ロシア社会主義」論
 2 可能な社会主義としての市場社会主義
    ──マルクス主義の立場から
 3 若干の考察

第3章 論争:ソ連はどこまで社会主義だったか
    ──ロシア「批判的マルクス主義派」のソ連社会論

 1 「社会主義の二つのモデル」論
 2 「変異種的社会主義」論
 3 「ソビエト・ボナパルティズム」論
 4 「ソ連=ブルジョア社会」論
 
あとがき

  はしがき

 ソ連で社会主義と呼ばれた体制が崩壊して、四半世紀近くになる。
 この約四半世紀の間に、ソ連解体後のロシアでは、社会主義はどうなったのだろうか。ソ連時代を知らない世代が増え、共産党の政権復帰もなく、社会主義はロシアでもすでに過去のものになったようにも見えるが、一方で最近のプーチン政権の政治手法や対外姿勢をソ連時代と重ね合わせて、戸惑いを感じる人も多いかもしれない。
 社会主義の理念を肯定的に捉え、ポスト資本主義としての社会主義の可能性にこだわりをもっている人びとのなかでも、ソ連社会が社会主義の名に十分に値する体制ではなかったことは今や明らかだとしても、あれほど世界にインパクトを与えた「ソ連社会主義」を批判的に総括し、それとは異なる新しい社会主義を構想するような動きもロシアではなくなってしまったのか、といった疑問をもたれる向きも少なくないであろう。「に懲りてを吹く」の例えのように、ロシアではもはや社会主義に対するいかなる関心も消え失せてしまったのだろうか。
 しかし、そうばかりでもないようである。約四半世紀の資本主義を経験してみて、ロシアの国民の多くは、それが実際には経済的豊かさも、真の国民主権という意味で民主主義も、もたらさなかったことを身をもって知ることとなった。ロシアでは体制転換以来20年間も経済が落ち込み、半数以上の国民の生活はソ連時代と変わらないか、またはかえって悪くなり、一握りの大富豪と多数の住民との経済格差が格段に拡大し、かつての自立した超大国は今や世界の従属的な原料付属地に転落した。官僚主義と汚職がはびこり、オリガルヒと呼ばれる買弁的巨大資本の利益を代弁する政府は、国民の不満を抑えるために政治的締め付けを強めている。
 こうしたなかで、ソ連体制を諸悪の根源として全面的に否定して西側的な資本主義に乗り替えたことが果たして正しかったか、という問題が改めて起こってきている。ソ連が社会主義であったか否かという問題はさて置いても、この転換によってロシアは汚水とともに赤ん坊まで流してしまったのではないか、果たしてロシアにとって資本主義化が唯一の選択肢だったのか、といった反省も生れているのである。
 ここにもさまざまな立場がある。転換後の悲惨な現実を目の当たりにして、スターリンあるいはブレジネフの時代の方が、民族としての誇りも、国民の間での連帯感や社会的安定もあったとして、「ソ連社会主義」に郷愁を感じるグループがある。またIMFなどの市場原理主義的改革路線に従ったことが誤りであり、北欧型の社会的指向の市場経済に軌道修正すべきだという主張もある。さらに、マルクス主義を批判的に継承しながら、「民族社会主義」とも、西欧の社会民主主義とも異なる、21世紀型の社会主義を模索しようとする潮流もある。
 本書は、ロシアで社会主義がどうなったかとの疑問に答えるために、社会主義を指向するこれらの流れのなかで、主に第三の立場を中心に、ロシアで行われている社会主義をめぐる議論を紹介することを目的としている。わずか1世紀あまりのあいだに資本主義、社会主義、そして再び資本主義を経験した特異な国で、とりわけ70年以上続いた社会主義と言われる社会に生きたロシアの理論家たちが、自身の体験を踏まえて、グローバル資本の支配に代わるどのような新しい未来を構想しようとしているかを知ることは、危機の時代におけるわれわれのポスト資本主義論=社会主義論を構築するうえでも、示唆するところが少なくないものと思われる。

 本書は、これまで筆者が書いた以下の論文を柱としている。
 ・「ロシアにおける新しい社会主義論」『日本の科学者』2009年第3号(Vol.44 )
 ・「ロシア左翼における『スラヴ派』と『西欧派』」『ロシア・ユーラシア経済調査資料』2002年第3号(No.837)
 ・「ソ連はどこまで社会主義だったか:ロシアの『批判的マルクス主義者』のソ連社会論」『ロシア・ユーラシアの経済と社会』2012年第6号(No.958)
 但し、本書に再録するに当たって、できるだけ読みやすくするために、重複個所を削り、文章や体裁などに手を加えたが、とくに第1章は、もとの論文を大幅に拡張し、書き改めた。なお、簡略のために、本文に出てくるロシア人名の敬称は省略した。

 著者紹介

岡田 進(おかだ すすむ)
1937年生れ。東京外国語大学名誉教授
 『ロシア・ユーラシアの経済と社会』(月刊、ユーラシア研究所)編集長
専攻:ロシア経済、経済体制論
著書:
『ロシアの体制転換──経済危機の構造』、日本経済評論社、1998年
『ロシア経済図説』、ユーラシア・ブックレット19、東洋書店、2001年
『新ロシア経済図説』、ユーラシア・ブックレット159、東洋書店、2010年
編訳書:
『レーニン協同組合論』、国民文庫、大月書店、1975年
訳書:
ヴィゴツキー編『資本論をめぐる思想闘争史』、河出書房新社、1971年
ペヴズネル『「資本論」とペレストロイカ』、協同産業出版部、1988年
アバルキン『失われたチャンス』、新評論、1992年
ルーディック『現代の産業民主主義』、日本経済評論社、2000年、ほか

 出版記念討論会

岡田進『ロシアでの討論──ソ連論と未来社会論をめぐって』

と き  9月6日(日)午後1時〜4時
ところ  東京外語大学本郷サテライト(地下鉄本郷3丁目駅、4分)4Fセミナールーム
報 告  田中雄三(龍谷大学名誉教授・ロシア経済、日本科学者会議京都支部)
     村岡 到(NPO法人日本針路研究所)
リプライ 岡田 進(東京外語大学名誉教授、ユーラシア研究所)
司 会  佐藤和之(ユーラシア研究所会員)
参加費  700円
共催   NPO法人日本針路研究所 ロゴス

 書評

長砂實 問題提起に富む好著

 「ソ連社会主義」が崩壊して早くも20数年経った。十月革命まで遡れば、一世紀が過ぎ去ろうとしている。人類の将来展望と関わらせて、この間の歴史をどう評価すべきかについて、内外で多くの議論がされてきた。ところが今まで、「本家本元」のソ連・ロシアの人々の諸見解は案外本格的に紹介・検討されていない。本書は、この空隙を埋めるに絶好の資料となる。著者の岡田進氏は、東京外大名誉教授。長年、ユーラシア研究所発行の理論・情報誌(月刊)の編集長を務めている学究の徒である。
 「はしがき」では著者の基本的スタンスが述べられている。本書で主として紹介・検討されるのは、「マルクス主義を批判的に継承しながら、『民族社会主義』とも、西欧の社会民主主義とも異なる21世紀型の社会主義を模索しようとする潮流である」。
 第一章「ロシアにおける新しい社会主義論」(初出論文を大幅に改訂・増補)は、ロシア共産党系の見解、社会民主主義的見解、「批判的マルクス主義」派の見解の三つを要約・紹介している。特に、第三が詳しい。そこで主要な論争点として扱かわれているのは、「21世紀に社会主義革命は必要か」、「十月革命は社会主義革命であったか」の2点である。
 第二章 「社会主義論における『スラヴ派』と『西欧派』」では、「若干の考察」でそれぞれの積極面と問題点を摘出したあと、「市場社会主義と労働者自主管理」、および「可能な社会主義」についての論争の積極的意義を論じている。
 第三章 「論争:ソ連はどこまで社会主義であったか」は、「批判的マルクス主義派」内部でのソ連社会評価に関する異論を整理している。見解は実に多様多彩であることが判る。
 「あとがき」では、「著者の日頃の所思の一端」が吐露される。3点に亘る。第一に、「自由な討論」はいつでもどこでも必要不可欠である。第二に、「ソ連は社会主義とは縁もゆかりもないもの」と決めつけるべきでなく、その総合的・全般的な評価が必要である。第三に、「ポスト資本主義の構想」に「ソ連社会主義」失敗の経験を生かすべき。いずれも有益な警鐘・提言である。ソ連・ロシア経済研究の第一人者である著者は、日本と世界の現状・将来をしっかり見据えている。評者は全面的に共感する。
(関西大学名誉教授、日本ユーラシア協会常任理事)
日本ユーラシア協会の機関紙「日本とユーラシア」2015年8月15日に掲載

村岡到 ロシアではなお「社会主義」を活発に議論 立場の異なる研究者が自由に討論している

 著者の岡田進さんは、ロシア経済の専門家で、ユーラシア研究所の牽引者でもある。本書の狙いは「はしがき」に明示されている。
 「ソ連で社会主義と呼ばれた体制が崩壊して、四半世紀近くになる。この約四半世紀の間に、ソ連解体後のロシアでは、社会主義はどうなったのだろうか。……ソ連社会が社会主義の名に十分に値する体制ではなかったことは今や明らかだとしても、あれほど世界にインパクトを与えた『ソ連社会主義』を批判的に総括し、それとは異なる新しい社会主義を構想するような動きもロシアではなくなってしまったのか」。
 現在、ロシアでは「ソ連体制を諸悪の根源として全面的に否定して西側的な資本主義に乗り替えたことが果たして正しかったか、という問題が改めて起こってきている」。「『ソ連社会主義』に郷愁を感じるグループ」、「北欧型の社会的指向の市場経済に軌道修正すべきだという主張」、「マルクス主義を批判的に継承しながら、二一世紀型の社会主義を模索しようとする潮流」もある。
 「わずか一世紀あまりのあいだに資本主義、社会主義、そして再び資本主義を経験した特異な国で、ロシアの理論家たちが、自身の体験を踏まえて、グローバル資本の支配に代わるどのような新しい未来を構想しようとしているかを知ることは、危機の時代におけるわれわれのポスト資本主義論=社会主義論を構築するうえでも、示唆するところが少なくないものと思われる」。
 どのような議論が起きているのか。
 「第1章 ロシアにおける新しい社会主義論」では、社会主義をめぐる三つの潮流があることを紹介している。ロシア連邦共産党系、社会民主主義、批判的マルクス主義派の三つであり、とくに三番目の代表格アレクサンドル・ブズガーリンの新しい社会主義論を素描する。「第2章 社会主義論における『スラヴ派』と『西欧派』」では、唯物史観に代わる「文明史観」に立つ論者の「ロシア社会主義」論や「可能な社会主義としての市場社会主義」を説く言説を紹介する。「第3章 論争:ソ連はどこまで社会主義だったか」では、「批判的マルクス主義派」のソ連社会論として、「社会主義の二つのモデル」論、「変異種的社会主義」論(ブズガーリン)、「ソビエト・ボナパルティズム」論、「ソ連=ブルジョア社会」論を要約している。
 これらでは、「所有問題」「労働者自主管理」「市場の位置・役割」「労働の動機」「分配問題」「十月革命の性格」「レーニン路線とスターリン路線の異同・継承」など、社会主義論における難問との格闘が紹介されている。
 めざすべき社会主義論については、ブズガーリンがベネズエラを訪問した時の講演が紹介されている。彼は、社会主義の物質的基盤、計画と市場、所有関係、教育・医療制度、新しい人間のタイプ、対外政策、思想の自由などについて明らかにしている。ブズガーリンは、「一九九七年には来日して各地で講演も行った」。実は、彼を招待する活動のなかで、私は岡田さんと知り合った。雨の公園を散歩したら、ブズガーリンは「雨の散歩は思索によいです」と話しかけた。
 もっとも印象深いことは、岡田さんが「あとがき」でも書いているように、これらの諸問題について、「理論的・政治的立場を異にする研究者」が「垣根を越えた学問的交流があり、自由な討論が行われていること」である。ブズガーリンが主導する雑誌にロシア連邦共産党系で「文明史観」に立つ論者が「たびたび寄稿」している。「異端の排斥や政治的批判が横行していたソ連時代とは大きく様変わりしている」(だが、日本ではどの雑誌でも同じ系列の論者しか登場しない)。
 「『ソ連社会主義』が何であったかという問題」について、岡田さんは、「あとがき」で「初めからこれを『社会主義とは縁もゆかりもないもの』と決めつけて歴史から抹殺するのではなく、現実に存在したものからわれわれが何を教訓として学び取るかという姿勢こそが必要である」と注意している。周知のように、このいわば「無縁」論を、日本共産党の不破哲三元議長がくりかえし強調している。だが、そういう断罪だけでは、「七〇余年にわたる人類の貴重な経験を無にすることになる」。また、日本ではソ連邦を「国家資本主義」とする者もいるが、ロシアでは「共通して否定されている」。利潤の存在に触れずに「国家資本主義」を説くのは、心臓のない動物が生きているというようなものだからである。
 この問題では、ブズガーリンが主張する「変異種的社会主義」が説得的である。批判的マルクス主義派は、「共通してトロツキーの主張に近」い。私は、トロツキズムの洗礼を受けて、共産党が主張していた「生成期社会主義」論や「国家資本主義」論を一貫して批判し、「社会主義への過渡期社会」だと主張し、二〇〇三年には政治的には「党主政」・経済的には「指令経済」だと明らかにしてきた。
 「あとがき」の結びで、岡田さんは、私がゴルバチョフから借りて発している「『社会主義へ討論の文化を!』という呼びかけ」に触れているが、本書がその新しいきっかけになることを切望する。
「図書新聞」第3216号(2015年7月25日)に掲載