ブックレット・ロゴスNo.8 『活憲左派──市民運動・労働組合活動・選挙』
村岡 到:編
特定秘密保護法が成立し憲法が蹂躙されるなかで、今こそ活憲を!
2013年12月15日刊行
四六判 132頁 1200円+税
ISBN978-4-904350-30-0 C0031
表紙写真:井口義友 |
活憲左派──市民運動・労働組合活動・選挙:目次
まえがき
〈活憲左派〉の意味 村岡 到
「政党支持」でなく、「政策実現」運動を 池住義憲
練馬区職労における共同行動の実績 片山光広
都知事選挙「惨敗」の教訓 澤藤統一郎
非正規雇用の拡大と労働組合の可能性 佐治義信
革新勢力の衰退と労働組合活動の後退 柳田勘次
9・16討論会への提言
左派の敗北を謙虚に受け止めて 櫻井善行
「成長を前提にした時代」からの脱却を 吉田万三
岡山における共同行動の教訓 太田啓補
政治の現況と活憲左派の目標 大波慶苗
「活憲」のための運動の意義 平岡 厚
討論集会への協賛メッセージ
『週刊金曜日』発行人 北村 肇
貴会のご盛会を祈念
「国政選挙で共同を進める長野県民の会」事務局の一員
資料 アピール 活憲左派の共同行動をめざす会を創ろう!
「戦後民主主義」の後ろ向きの到達点──あとがきに代えて |
まえがき
このブックレットは、「活憲左派の共同行動をめざす会」を創設しようとする機運を広げる目的で編集された。昨年一二月の総選挙での自民党の大勝による安倍晋三政権の誕生と今年七月の参議院選挙での自民党の圧勝によって、日本の政治はきわめて危険な右傾化を強めている。にわかに特定秘密保護法案が浮上し、国会審議にかけられた。この法案は、憲法第二一条の「表現の自由」を根本から否定し、三権分立を破壊するもので、憲法を根本から骨抜きにしようとするものである。
参院選では、野党は日本共産党を除いて総崩れと言ってよい惨状を呈した。この現状を直視して、今こそ、憲法を活かす努力が求められている。同時に、この右傾化に反対する人たちの協力・共同が必要である。幅の広い共同行動を実現しなくてはならないが、そのためにも確固とした立場に立脚した内実のある行動が大切である。「活憲左派の共同行動をめざす会」は、そうした努力の一つとして活動しなくてはならない。
この小さな論集の執筆者は、編者の私を除き、弁護士、医師、大学・高校教師、ジャーナリスト、自治体労働者、労働組合活動家など幅広い構成となっている。しかも、東京圏だけではなく、名古屋、神戸、岡山からの報告と提起を納めることができた。年齢は四二歳から八二歳。若年と女性がいないのが残念である。一九七〇年代の第四インター時代の友人、政治グループ稲妻の同志、政治の変革をめざす市民連帯の仲間、今年になって知り合うことになった方がたとさまざまである。この数年間の努力が小さな結実を得たと評価できる。
村岡到論文は、編者でもある私が、〈活憲左派〉の意味について明らかにした。
池住義憲論文は、愛知県における共同行動の経験を報告したもので、ここでは共産党との協力関係を創り出している点で先駆的であり、各地での共同行動の追求にとって大いに参考になると思われる。
片山光広論文は、東京・練馬区での四〇年近くの労働組合活動の経験を総括したもので、ねばり強い共闘の努力はきわめて貴重である。
澤藤統一郎論文は、昨年一二月の東京都知事選挙の総括である。「惨敗」の結果を直視し、宇都宮健児選対の中心を担った経験を忌憚なく明らかにしたもので、前に歩を進めるためにぜひとも共通認識としなくてはならない。
佐治義信論文は、非正規労働者が急増し、労働条件が劣悪化することに抗して新しく労働組合を組織して闘う労働者の動向をフォローする。上部組織がどこであろうと、連帯して闘うことに活路があることを報告している。
柳田勘次論文は、一九六〇年代からの労働組合活動の経験に踏まえた問題提起で、労働組合運動の後退を直視し、共同行動における作風を注意している。
他に、九月一六日に予定されていたが台風の襲来によって中止となった「討論会 活憲左派の共同行動をさぐる」に寄せられた意見などを収録した。
〈活憲左派〉が担うべき課題については、創設の呼びかけ(資料として収録)に略記してあるが、活動の基礎に据えるべきいくつかの重要な分野で、私たちは大きな欠落と不十分さを残している。第一に、情勢認識がきわめて狭く浅いことである。世界と日本の経済と政治がどのように展開されているのか、認識を深めなくてはいけない。第二に、必要な政策的提起が弱い。何かの政策や施策に反対と声を上げることは容易いが、どうしたらよいのかという代案を提示することは難しい。しかし、それがなくては、多くの市民の共感と賛同を得ることはできない。第三に、組織の実態としての広がりが決定的に小さい。
これらの根本的弱点を補い克服する努力を重ねることも、私たちの重要な課題であると肝に銘じたい。
想えば、私が「社共新左翼の共同行動を」と提起したのは、第四インターに所属していた、三五年前の一九七八年だった。共産党との壁は高く、溝は深かった。それから三分の一世紀を経て、「社共新左翼」の在り方も大きく変化した。「社共」とは社会党と共産党のことだと解説しなければならず、「旧新左翼」と言う必要すらある。共産党の姿勢も変わりつつある。
活動家は高年齢化し、学生運動は衰退し、どこの大学構内にも主張を掲示する立て看(板)すらない。
いつか若い世代が活動の前面に登場するようになると期待するほかないが、その時、経験の教訓が伝えられないならば、同じような過ちに陥ることになる(共産党の一九五〇年代の分裂・抗争と七〇年代の新左翼の内ゲバの類似性を想起しなくてはならない)。だから、裏切りの備忘録ではなく、経験の教訓を継承する知恵が必要となる。それは、「老人」世代の責任ともいえる。
私は一貫して共同行動を希求し、実現するための基本的立場と姿勢を貫いてきた。今度、創設する「活憲左派の共同行動をめざす会」もごく小さな点にすぎないが、各地での同様の試みと呼応しあい、共同行動が広がることを強く祈念したい。
二〇一三年一一月二三日 村岡 到 |
「戦後民主主義」の後ろ向きの到達点──あとがきに代えて
一二月六日、特定秘密保護法案が、反対運動の急速な広がりと国会を取り巻く反対の声を無視して、衆議院の強行採決に続いて参議院でも強行採決され、成立した。憲法第二一条の「表現の自由」によって基礎づけられる 「知る権利」を圧殺する特定秘密保護法は憲法違反であり、憲法の「主権在民」「三権分立」の根本原則を破壊するもので、この法律の成立は、日本の戦後史の転換点となりうる重大な危険性を秘めている。拙速と暴挙を重ねた法案成立の経過は、〈「戦後民主主義」の後ろ向きの到達点〉を意味している。
選挙の公約にも国会での首相の所信表明にも一言もない特定秘密保護法の成立は、安倍晋三政権の理不尽な暴挙というだけではなく、この法案に反対する私たちの責任も鋭く問い返す必要がある。政治的発言者やマスコミの責任が大きく問われる。
安倍政権の暴挙を可能にしたのは、昨年一二月の衆議院選挙と今年七月の参議院選挙において自民党の圧勝を許したからであり、憲法や原発についての国民=市民の意見分布とは逆の議席配分となったのは、小選挙区制比例代表並立制という選挙制度によるものである。市民の意見、政治的態度は、この選挙制度によって歪曲されて表現されている。
だが、翻って反省すると、この選挙制度の理不尽を前記の二つの選挙で明確に強調する候補者はほとんどいなかった。法外な高額供託金の不当性を批判する者はゼロに近く、選挙への無関心も少なくない。マスコミはあいかわらず国会議員の定数削減を主張している。つまり、日本においては、〈民主政〉は今日なおきわめて幼弱で、市民の政治意識は著しく低い。政治的会話や意見表明、集会・デモによるその表現を、日常生活に組み込まなくてはならない。「経済成長」の幻想は打破しなくてはならないが、政治成長が火急の課題である。
「戦後民主主義」を肯定的に評価してきた人は、この冷厳な事実を直視し深く反省しなくてはならない。また、「ブルジョアジー独裁」認識に偏って「戦後民主主義」を冷笑してきた人は、では自分たちは何を創り出すことができたのか、深刻に自問しなくてはいけない。
私たちは、この深刻な事態を、憲法が蹂躙されたことは明白であると痛苦に認識するが、「民主主義の死」とは捉えない。「絶望」している余裕はないのだ。なお、憲法は存在しているし、抗議・抵抗・闘争の拠り所として機能しているからである(選挙結果についての違憲〔状態〕判決の連続を見よ)。だから、〈「戦後民主主義」の後ろ向きの到達点〉と明確に認識したうえで、〈歪曲民主政〉を克服して、〈民主政〉を育てる、新しい〈活憲〉の闘いに挑戦しなくてはならない。その出発点にしようではないか。具体的には、特定秘密保護法が違憲であることを強調し、この悪法を廃棄するための広範な市民活動を展開しよう。
この新しい質を内実とした運動が起こり前進しないならば、二〇一三年一二月六日は、「戦後民主主義」の死滅への転換点となってしまう。
「あとがき」を記すつもりであったが、事態の重大さに鑑み、差し替えた。
二〇一三年一二月八日 日米開戦の日に 村岡 到 |