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『2014年 都知事選挙の教訓』 書評:佐藤和之

 昨年一二月、東京都知事の猪瀬直樹氏が辞任表明し、本年二月に都知事選挙が実施された。国政選挙が補選を除けば三年間はないと予測されるなか、原発再稼働や原発輸出を狙うだけでなく、壊憲策動を強める安倍晋三政権に対し、世論の評価を下す絶好の機会となった。加えて、元首相の細川護煕氏が「脱原発」を掲げ、元首相の小泉純一郎氏とタッグを組んで出馬。結果は投票率四六%で、自民党と公明党が推薦した舛添要一氏が二一一万票を獲得して当選した。次点は日本共産党など左派が支援した宇都宮健児氏で九八万票、三位は保守系脱原発派の細川護煕氏で九五万票、そして極右の田母神俊雄氏は六一万票。
 本書の編者は村岡到。都知事選告示直後にアピールを発した「活憲左派の共同行動をめざす会」の事務局長である。執筆者の河合弘之は、細川候補を応援する勝手連共同代表として、都知事選にかかわった弁護士。高見圭司は、全国反戦青年委員会の指導者を経て、現在は国会前・官邸前における脱原発「金曜行動」に参加し、原発のある地方住民とも交流している。三上治は、新左翼運動の中心党派だったブントのリーダーで、脱原発運動の拠点である経産省前テントひろばの代表格。西川伸一は、明治大学教授で、『週刊金曜日』に「政治時評」を連載し、細川候補の推薦人リストにも名を連ねている。
 論者たちに概ね共通するのは、脱原発派候補の当選を目的とした、次のような主張である。1、原発問題を選挙の焦点とする。世論調査では脱原発が約7割ある。2、当選する現実的可能性のある候補者への投票を呼びかける。政治信条からの支持と選挙での投票行動とは分けて考える。3、脱原発票の分散を避けるために候補者を「一本化」する。一方的な立候補辞退から両者の政策協定まで幅が考えられるが、保守系脱原発派との提携も厭わない。それゆえ今回の都知事選では、原発問題の重大性を訴え、小泉人気を背景にした細川候補への投票を呼びかけ、宇都宮候補に対しては立候補辞退を要望した(前回都知事選では宇都宮支持)。
 そして、編者の「まえがき」によれば、本書の主要な論点は次にある。「1、脱原発の重大な意味を強調する。この課題は、文明の転換に繋がる。2、保守層のなかで起きている分解と分岐をどのようなものとして捉えるか。3、政治行動における自己中心主義をいかにして克服するのか」。1に関しては、例えば河合がこう語っている。「福祉も雇用も、原発事故が起きたらすべて吹っ飛んでしまうのですから、脱原発が何より大事なのだ」。また、細川候補の「成長がすべてを解決するという傲慢な資本主義から幸せは生まれない」という発言を、村岡が特筆している。
 1をめぐっては、三上による指摘が印象深い。「原発問題は具体的な解決の要求されること、理念的には科学技術としての核生成の是非であり、従来の体制的理念の問題ではない」「原発問題を従来の政治的枠組みを超えて対応することは、他の政治的課題との関連において矛盾的に出てくることもある。……これは現在の政治が過渡にある証だが、この現在という過渡の中では矛盾的な対応も強いられる」。また三上は、かつての原水爆禁止運動における政治的立場での分裂についても、触れている。
 2に関しては、村上達也前東海村村長が「宇都宮氏に『脱原発票が分裂した二〇一二年の衆議院選のように悲しませないでほしい』と訴えるメッセージを送り『歴史的な決断』を求めて、細川氏への一本化を要請した」ことを、高見が紹介している。実際には、「歴史的な決断」はなされず、自己中心主義は克服されなかった。但し、河合らが要請した候補統一に向けた協議の提案を、細川サイドもまた拒否している。
 政治学者の西川はライカー・モデルを使って都知事選を分析し、敗因と今後の教訓を引き出している。すなわち、1、舛添知事の任期途中での辞任、2、「保守の固い岩盤」や公明支持層を崩す「風」を起こせる候補の擁立、3、投票日の穏和な気候、4、都議選での自公過半数割れ。他方、宇都宮候補の発言──「保守の堅い岩盤を掘り崩すには、著名人やその時々の『風』に頼るような選挙をしていても駄目であり、こつこつと市民運動を広げていく地道な努力でしかない」も紹介されている。これは、上の2とは逆の結論で、願望が入った主観的総括と言わざるをえない。
 評者は本書を通読して、ケインズの「美人投票」の理論を思い出した。最も得票が多かった人に投票した者に賞品を与える美人投票において、投票者は自分自身が美人と思う人へ投票するのではなく、平均的に美人と思われる人へ投票するようになる。つまり、こうした観衆参加型ゲームに勝つには、主観的評価を離れた行動が必要になる。「脱原発」の目標を見失ってはならないが、いわば「清く正しい」市民運動の推進や左派結集の延長では勝てないのだ。ただし、本書の主張には次の点で曖昧さも感じた。第一に、脱原発候補の「一本化」にも保守派との提携にも様々な形態が考えられるが、そのうち何がベストで如何に実現するのか。第二に、保守系脱原発候補当選後の政治と、市民運動との関わりをどう展望するのか。
 本書を一つの叩き台として、ヒバクした日本社会の未来を含め、活発な議論が切望される。
佐藤和之(小選挙区廃止をめざす連絡会代表)
「大道」2014年8月号二掲載

『2014年 都知事選挙の教訓』 書評:木村 結
真剣な総括のために

 今年二月に行われた東京都知事選挙の総括を村岡到、河合弘之、高見圭司、三上治、西川伸一の各氏が夫々執筆やインタビューで語っている。全員が細川選挙を応援した方である。私自身は細川勝手連として選挙戦を闘い、その中で西川氏同様、宇都宮支持者からの強烈なバッシングを受け続けた。選挙は終わったが、都知事選挙での市民運動の分裂は大きな後遺症を残し、活動が停滞している。
 市民運動は常に緊急の課題を抱えている。次々に放たれる毒矢に向かって行かなければならないため、検証や反省を怠り、同じ過ちを繰り返してきた。そこで勝手連では特命チームを立ち上げ、当事者に取材し、時系列の年表を作成した。その結果はっきりしたが、一二月中旬には既に共産党は宇都宮健児さんに会い、立候補を要請していたのであり、市民が「宇都宮さんでは勝てない」「保守層からも支持が得られる候補でなければならない」と奔走していた時には既に政党主導の選挙準備が行われていたのであった(細川護煕勝手連公式ブログ:http://katterentokyo.seesaa.net/参照)。
 勝手連の共同代表として細川選挙を主導した河合氏は、「脱原発ということを最大限に優先して、もっとも基礎となる安全を確保したうえでなければ、雇用も福祉も存立できない。そのメリハリをつけずに、平板に他の政策と脱原発を並べているのでは、脱原発を本気で考えているとは思えない」、「細川さんの立候補のおかげで心ある人がたくさんいて、脱原発派が支持を広げ、多くの票が集まったということは、今後、保革一体となった脱原発運動への道の第一歩を築けた」と語っている。
 経産省テントひろばの三上氏は、「脱原発を運動とする運動団体は喧嘩に持ち込む力を欠いてきた。これらの諸条件の中で今、初めて喧嘩になる可能性がでてきたのだ」、「都知事選の課題にはいろいろあるなんて絶対に言い出してはいけない」、「この喧嘩の意味が分からないか、本当に喧嘩する気のないものだ」、さらに「僕は細川や小泉の脱原発の動きを批判する人たちを批判したい。なぜなら、これは今後の脱原発運動に大きな影響を与えるし、また亀裂を持ち込むことになると思えるからだ」と言いきっている。
 スペース21の高見氏は、東海村前村長村上達也さんの言葉を引いて「細川氏への一本化」が必要だったと強調している。
 編者でもある村岡氏は、「共産党の志位和夫委員長が一月一五日に一本化問題を聞かれて『都政を福祉と暮らし優先に転換する点や憲法、消費税問題などで政策が全て一致するとは思えない』と答えた!」、「選挙や市民運動は共産党の方針に従うべきだという古い体質が顔を出したのであろう」と批判し、「あらかじめ不利とわかっている戦闘を避けるために、『迂回、協調、妥協』ができないような革命的階級の政治家は、ものの用にはたたない」と、レーニンの言葉を西川氏のコラムから重引している。
 さらに「宇都宮けんじニュース」第一四号(一月一八日)に「一本化で吠える!」という見出しで紹介された「涙ながらに『(細川氏に会って)どの程度の人間なのか確かめることもせず〔私に〕降りろとはふてい考えです』と、居酒屋の席ではなく、公式の選対会議で『吠え』た!」、「宇都宮選対には、この下品な暴言をとても恥ずかしくて公表できないと判断する能力も欠如している」と批判している。この「吠える」は映像としてもユーチューブで拡散され、三万件を超え選挙戦で細川勝手連攻撃に使われたことを明記しておきたい。
 村岡氏は、細川候補の第一声から「成長がすべてを解決するという傲慢な資本主義から幸せは生まれないということを、我々はもっと謙虚に学ぶべきだと思います」を引用して、「哲学の表明とすら言える」と感嘆する。
 明治大学教授の西川氏は、都知事選全一九回の詳細な得票分析を行い、「勝利の方程式」として、1、絶対に外せないのが、舛添知事の任期中の辞任。2、「風」を起こせる知名度のある、質の高い統一候補の擁立。3、投票日は外出にふさわしい温和な気候に恵まれること。4、二〇一七年の都議選で自公を過半数割れに追い込む。としている。また栗本真一郎の言葉を引用し「『世界の大政党のうち、自民党は党員や支持者の過去をもっとも問わない政党である』(中略)この『過去』を問わない『ゆとり』を『われわれ』は見習うべきではないか」としている。この西川氏の分析は保存しておきたい。
 細川さん、小泉さんは銀座に集まった二万人を超える聴衆を前に何度も「原発を推進してきたこと」を謝罪した。その光景は町田駅や立川駅などほとんどの街宣で見られた。評論だけでは勝てないし、この選挙に直接関わった人びと、特に革新だけでは勝てない、安倍の暴走を止めなければ戦争に加担する国になってしまう。
 本書には二つの難点がある。一つは刊行日との関係か、細川勝手連としての総括文(五月三一日ブログ掲載)が検討されていないこと、もう一つは「いのち」を守りたいと闘った女性の声が一つも入っていないことである。
木村 結(原発ゼロを実現する会・東京事務局長)
探理夢到 4号=2014年7月1日に掲載

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