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近代経済思想再考──経済学史点描  書評:諸泉俊介

経済学史は学生をいかに教育しうるか──現実と向き合う人間の姿勢が問われる

 本書は、著者が退職を期に、30年にわたる経済学史の講義の補遺と余禄をまとめたものである。不幸にして著者の最終講義を聞き逃した者にとって、本書はまことに有り難い。
 過去の経済学者たちの思想と学説を長年追究して来れば、思いのたけを講義したくもなる。しかし、経済学史という講義は経済学を学ぶ上での地図を授ける基本的な科目であるから、通説からそれほど離れた講義もできない。話したいことは、講義の端々に挟まざるをえない。そこで講義の補遺と余禄が残される。
 本書が対象とするのは、最後の重農主義者A.-K.-J.チュルゴー、近代経済学の祖A.スミス、古典学派の双璧T.R.マルサスとD.リカード、19世紀の理性J.S.ミル、経済学批判の巨星K.マルクスであり、チュルゴーを除けばいずれも経済学史の王道を飾る思想家たちである。時代と共に変わる学生たちの反応や経済政策に力点を置いた講義内容への変化などは、先達の言葉として示唆に富む。しかし最終講義の醍醐味は、補遺を超えて後に残す課題が語られる余禄にある。
 著者が私たちに残すのは、資源の枯渇が懸念される現代において、経済学は自然(農業)と人間との関係を十分に説明しうるかという課題だ。スミスは近代社会を商業社会と捉え、これを受けて経済学は私的利益の追求を許す市場の十全な機能の在り様を追求してきた。しかし現在においてなお経済学は、資源が無限であることを前提に、「成長至上主義」に陥っている。経済学が浴びるこの批判は、確かに経済学者の耳に痛い。「持続可能な社会」というフレーズにもやはり、成長は善という思考が付きまとっている。
 しかし経済学は、必ずしも私的利益の追求のみに知恵を絞ってきたわけではない。スミスは私的利益の意義を強調する一方で、人類愛や公共精神などを「上級の徳性」として経済学に取り込んだ。こうしたスミスの思考に大きな影響を与えたチュルゴーには、利潤の究極の源泉というだけでなく、社会のすべての者の食糧と原料とを供給するという理由から農業を重視する思考がある。農産物のもつこの「使用価値の特性」は、交換価値を理論の中心に置く近代の経済学によって軽視されたが、このチュルゴーの思考は、スミスの資本投下の「自然的秩序」論に引き継がれ、さらにマルクスにまで伸びている。チュルゴーの思考から著者が引き出す、農業中心の産業構造からの経済的離陸のためには農業生産性を高める農業革命が不可欠だという主張は、傾聴に値する。
 とはいえ、スミスに続くマルサスやリカードが、自然(農業)を完全に無視したわけではない。19世紀初頭、高関税による国内農業保護を企図した「穀物法」を前に、貧困を人口と食糧との葛藤に求めて農業を重視するマルサスは、フランスの穀物輸出制限の動きなどを根拠に穀物の輸入制限を主張した。リカードも土地の有限性を強調し、そこから利潤率の低下と資本投資がなくなる「停止状態」の出現を導き出した。リカードはこの停止状態の回避のために、外国には肥沃な土地が無限にあることを前提として、穀物の自由貿易を説いた。彼らは確かに自然(農業)の限界を見据えていた。しかし彼らは、イギリスの国益が置かれた特殊な事情を基に問題を論じたに過ぎない。地球規模での資源問題が喫緊の課題である現代においては、この農業重視の理論が太陽エネルギーの継続的な再生産に支えられる農業という観点から再構築される必要がある。著者が突きつけるのは、社会の豊かさに関わる重たい課題である。
 この課題の解決方向を、著者はミルに語らせる。経済成長が止まるリカードの停止状態は、人々の恐怖心を駆り立てた。しかしミルは、労働者のアソシエーション(協同組合)を見据えて、停止状態は人間性発展の入り口であり、進んでその門をくぐれといった。ミルの停止状態論は、脱成長至上主義が人類的課題になりつつある現在極めて今日的な意味を持っている。ミルは、経済成長につきまとう人口稠密な世界を望まない。そうした世界は、人間が思索し人格を高める孤独な空間を無くし、自然自体が持つ人間に喜びを与える力を奪うからである。ミルは、有限な資源の枯渇を警告し、経済目的から行われる自然破壊を批判し、文明の進歩を精神的・文化的・道徳的に見た。確かにミルは、成長至上主義からの脱却を説いた先駆者である。
 自然に限界が迫りくる現代において、著者が高調する脱成長の思想は極めて有意義である。とはいえ、富の生産と分配を主題とする経済学がその役割を終えるわけではない。そこでは、経済を動かす人間の資質がますます重視される。まずは、著者がスミスとミルの株式会社論をもって語る企業ガバナンスが問題となるし、そこでは、著者が初期マルクスのヘーゲルとの葛藤をもって描き出す、現実と向き合う人間の姿勢が問われる。著者が私たちに託すメッセージは、結局、経済学史は学生をいかに教育しうるか、にあるのかもしれない。
諸泉俊介 佐賀大学教授

『図書新聞』第3123号=2013年8月17日に掲載されました。

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