ベーシックインカム〈生存権所得〉で大転換 村岡 到
閉塞の時代に経済の新構想 ベーシックインカム論の決定版!
財源論に踏み込んで提起!強欲な「無縁社会」を脱し、助け合う連帯社会へ
雇用税による生存権所得を独創的に提起する。
2010年8月4日刊行
四六判 238頁 定価 1800円+税
ISBN978-4-904350-16-4 C0030
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第1部 〈生存権所得〉の構想
「ベーシックインカム」=〈生存権所得〉は、どのような思想によって基礎づけられているのか。オーストリアの法学者アントン・メンガーの〈生存権思想〉こそが源流であり、森戸辰男らの努力によって、憲法第二五条に明記された。〈生存権所得〉の財源論に踏込んで明らかにする。
第2部 階級闘争ではなく対話を
左翼は「資本家=敵」観念に囚われて「階級闘争」を強調してきたが、そこに錯誤があったことをカール・ポラニーなどに学んで明らかにする。実業家大原孫三郎と「小日本主義」を貫いた石橋湛山に光を当て、その足跡が意味するものを掘りさげる。〈賃労働─資本〉関係を対話によって打破することが課題である。
第3部 民主政の前進を
経済的課題を実現するためには、同時に憲法を活かす政治を実現する必要がある。その基軸は〈市民自治〉である。〈市民自治〉とは何か? 選挙制度の改善が大きな位置を占めている。「小選挙区制」を廃止し、〈立候補権〉を確立しなくてはならない。
第4部 補 論──書評
原理的に思索を深めるためには、思想的立場の相違を超えて、優れた古典から学ぶことが大切である。今日の問題については、話題の書が教えてくれる。アントン・メンガー、広西元信、幸徳秋水、尾高朝雄、R・B・ライシュ、朴裕河、川渕孝一、中谷巌、西川伸一、カール・ポラニーの著作についての書評を集めた。
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まえがき
昨年末に『生存権所得──憲法一六八条を活かす』(社会評論社)を出して半年、この著作では憲法をいかに活かすかにテーマを設定したために、〈生存権所得〉を真正面から論じてはいなかったので、今度は財源論にも踏み込んでそれを主題にした(第1部)。合わせて、社会変革のための活動について「階級闘争の呪縛からの解放」という視点から論じた。「資本家=敵」という固定観念を打破する、新しい見解を打ち出した(第2部)。政治についても〈市民自治〉として選挙制度まで含めて明らかにした(第3部)。補論として、いくつかの書評を集めた(第4部)。
この半年で新しく認識したことがある。石橋湛山と大原孫三郎を知った。知らないことばかりが多いと痛感する。関心の対象が異なることなら仕方ないと言える。医者が、天文学を知らないからと言って非難されることはない。だが、深く関連がある(はずの)事実や理論について、いわば党派的偏見によって無知を放置していたのでは話にならない。石橋湛山は戦時中に「小日本主義」を「自爆の覚悟」で貫いた。岡山の大実業家大原孫三郎は、大原美術館や大原社会問題研究所を創設した人で、「日本のオーウェン」と称すべきである。
近年、「ベーシックインカム」論議が大きく浮上している。私は11年前に〈生存権所得〉と創語して同じアイディアを提起した。長く無視されてきたが、この言葉のほうが、憲法第二五条の「生存権」との繋がりが明確になるから的確である。「生存権」はアントン・メンガーが1886年に「社会主義の基軸」として明確にした。種々の「ベーシックインカム」論を一瞥しても、その思想的根拠を明確にしてはいないようである。
本書のタイトルに「大転換」と加えたのは、言うまでもなくカール・ポラニーの名著『大転換』を意識しているからである。ポラニーの主眼は「市場経済」への「大転換」を豊かな歴史認識に踏まえて解き明かすことにあり、この「悪魔のひき臼」は「経済を社会に埋め込む」ことによって制御しなくてはいけない、とポラニーは明らかにした。私は、〈生存権所得〉を実現することは、「市場経済」からの〈大転換〉に繋がると考えている。
今年6月から「子ども手当」が給付されることになった。私の友人は「わが家の家計にとってはきわめて大きな朗報です。普通の主婦の実感としては、これで夫婦ケンカのネタが一つ減ったというのが正直な反応だと思います」と感想を書いている(林克明氏の投書。政治の変革をめざす市民連帯の「希望」第15号)。
私は、家計のやりくりに苦労する主婦の実感に確かな支えを提供することが理論の根本的役割だと信じている。何ほどかの理論を世に問う者は、平和を志向し、清貧であることが大切であると心している。
本書の本文を仕上げた今、日本の政治は、昨年8月末の総選挙での大勝によって誕生した民主党主導の鳩山由紀夫政権から菅直人政権に交代した。表紙を換えただけで内閣支持率は17%から62%へとV字回復したが、菅政権を待ち受ける難題はどれ一つとして解決の糸口も不明である。普天間基地問題の根底には改訂後半世紀も経つ日米安保条約がある。対米従属の脱却が問われている。世界恐慌の不安を内在する世界経済の危機のなかで、日本の経済も低迷している。非正規労働者が就業人口の三分の一を占め、年間の自殺者が3万人をこえ、失踪者が10万人(ウィキペディアより)。国家予算の半分近くを国債で賄う財政危機も深まるばかりであり、「資本主義の限界」が共通認識になりつつある。政治では「二大政党制」が理想とされてきたが、5年間に5人も首相が目まぐるしく交代した。下野した自民党はカネとポストの配分による求心力を失い、離党者が相次ぎ不確かな新党が続出している。日本の政治は明らかに〈変動期〉に突入した。〈市民左派〉としての活動の展望が問われている。
確かな経済政策が求められていることはそれこそ確かであるが、その基調を「経済成長」と設定してもよいのかが問われている。あるいはその前提としてどのような社会を望むのかを問わなくてはいけない。「自己責任」の名による弱肉強食の「貧困と格差」社会のままでよいのか。「無縁社会」とも言われるようになったが、隣人とのきずなが失われれば社会が社会として成り立たない。〈連帯と平等の社会〉へと転換しなくてはいけない。この理念については、2年前に『閉塞時代に挑む』(ロゴス)で提起した。本書では、現下の経済政策という現実論と接点を結ぶことを意図して、その領域へと一歩踏み込んだつもりである。
本書第1部で展開した〈生存権所得〉は、その経済戦略を定めるための基礎の一つとして役立つ。〈生存権所得〉の財源論に踏み込んだおかげで、私は初めて日本の税制について知ることができた。税制の知識も関心もないままに、「××反対」だけ叫ぶ、左翼の観念性を超えなくてはいけない。この問題意識は第2部でも深化して展開している。第3部の〈市民自治〉は、創り出されるべき政治のあり方を示している。6月11日に国会で行われた、菅首相の所信表明演説でも、本書で検討した松下圭一氏の名をあげて「市民自治」が使われた。憲法にも日本共産党の綱領にも書いてないこの言葉を使うのは、恐らく歴代首相で初めてであろう。
閉塞状況が重くのしかかっているが、活路を求めて活動し、あるいは悩む人たちに現状打破のヒントを掴んでいただけたらと強く祈念する。
2010年6月15日 60年安保闘争50年目の日に |
ベーシックインカムで大転換:目次
まえがき
第1部 〈生存権所得〉の構想
〈生存権所得〉の歴史的意義
はじめに
1〈生存権所得〉の基礎にある思想──〈生存権〉の意義と歴史
2〈生存権所得〉の歴史的意義
3〈労働の動機〉をいかに創造するか
4資本制経済の下での〈生存権所得〉の導入
A新しいアイディア提起の前提
B〈雇用税〉の導入
C〈労働評価制度〉の導入
D〈生存権所得〉の社会的効果
5〈生存権所得〉実現の道
A課題の性格
B活動する主体の資質
〈生存権所得〉の財源
はじめに──山森亮氏の及び腰と小沢修二氏の空論
1基礎的な数値の確認
2〈雇用税〉の創出
3日本の税制
4財源をどこに求めるか
A財政の無駄の削減と転用
B法人税の増税
C所得税と消費税の抜本的改革
5納税者番号制の導入
第2部 階級闘争ではなく対話を
「階級闘争」の呪縛からの解放を──「資本家=敵」は誤り
1「階級闘争」用語を定着させた『共産党宣言』
2田中正造の「階級闘争」の墨書
3「唯物史観」の意義と限界
4新左翼の「階級闘争」認識
5日本共産党の中途半端性
6大原孫三郎をどう評価するか
7渡辺雅男氏と橋本健二氏の理論の検討
8「資本家=敵」でよいのか
結 論──新しい可能性
石橋湛山に学ぶ──リベラリズムの今日的活路
1石橋湛山の足跡と時代的背景
2「小日本主義」の高さ
3「自爆の覚悟」とは何か
4戦争に対する態度──分岐点はどこに?
5石橋湛山の思想の質
6「社会主義」「共産主義」との距離
むすび──リベラリズムの今日的活路
第3部 民主政の前進を
〈市民自治〉を提起する意義
1〈市民自治〉と何か
2「階級闘争」の時代は終わった
3政治的次元と経済的次元との複合的把握
小選挙区制廃止が急務
政治参加の水路の拡充を
選挙制度の抜本的改革を──〈立候補権〉を明確に
第4部 補 論──書評
アントン・メンガー著/森戸辰男訳『全労働収益権史論』 〈生存権〉を社会主義の基軸にすえる
広西元信著『資本論の誤訳』 摂取すべき先駆的な諸提起
幸徳秋水著『社会主義神髄』 ボリシェビキ全盛以前の社会主義論
尾高朝雄著『法の窮極に在るもの』 オーストリア社会主義を継承、法の重要性を貫く
R・B・ライシュ著/雨宮・今井訳『暴走する資本主義』 暴走資本主義克服の手がかりはどこに
朴裕河著/佐藤久訳『和解のために──教科書・慰安婦・靖国・独島』 柔軟で重層的な思考に共感
川渕孝一著『医療再生は可能か』 医療崩壊の実相を克明に解明
中谷巌著『資本主義はなぜ自壊したのか』 歓迎すべき左「転向」の先駆
西川伸一著『オーウェル「動物農場」の政治学』 ユートピアの陥穽とその超克
カール・ポラニー著/吉沢英成ほか訳『大転換』 市場経済の意味とその超克にむけて
あとがき 人名索引 村岡到主要著作・論文一覧 巻末 |