ロゴスの本

ソ連邦の崩壊と社会主義──ロシア革命100年を前に  村岡 到

「日本のサンダース」が解き明かす
ソ連邦崩壊の意味 マルクス主義の責任 そして社会主義

『ソ連邦の崩壊と社会主義──ロシア革命100年を前に』村岡到:ロゴス
2016年9月28日刊行
四六判 252頁 1800円+税
ISBN978-4-904350-41-6 C0031

目 次

第Ⅰ部 今日の課題
社会主義再生への反省
ソ連邦の崩壊とマルクス主義の責任
「ソ連邦=党主指令社会」論の意義
森岡真史論文に答えることが急務
  ──『経済科学通信』の「誌面批評」

第Ⅱ部 歴史的反省
レーニンの「社会主義」の限界
社会主義経済計算論争の意義
〈社会主義と法〉をめぐるソ連邦の経験
  ──ロシア革命が直面した予期せぬ課題
レーニンとオーストリア社会主義

第Ⅲ部 未来社会論
社会主義の経済システム構想

第Ⅳ部 書 評
尾高朝雄『法の窮極に在るもの』
広西元信『資本論の誤訳』
ソ連邦崩壊後の五冊──法学社会主義の有効性
 アントン・メンガー『全労働収益権史論』
 藤田勇『ソビエト法理論史研究』
 グスタフ・ラートブルフ『社会主義の文化理論』
水野和夫『資本主義の終焉と歴史の危機』
丹羽宇一郎『中国の大問題』

コラム「法の階級性」─沼田稲次郎の場合
コラム「診療報酬」は〈協議経済〉の萌芽
補論 「政権構想」論議と「野党共闘」の前進を

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 まえがき

 この(二〇一六年)七月は、国内では、参議院選挙と東京都知事選挙があり、アメリカでは一一月の大統領選挙の候補者が民主党と共和党で大会決定され、一四日にフランスで八五人の死者が出るテロ事件が発生した。六三五〇万人に及ぶ難民問題も深刻である。日本の二つの選挙では、参議院選挙で壊憲勢力が三分の二を確保し、都知事選挙では右翼の日本会議に連なる女性候補が圧勝した(補論で短く論評)。
 アメリカの大統領選挙では、民主党のバーニー・サンダース氏が泡沫と思われていたのに、最後まで元国務長官のクリントン氏と競い合う大健闘だった。サンダース氏は七四歳で、共和党が強い保守的なヴァーモント州でバーリントン市長や下院議員としても活躍し、一〇〇人しかいない上院議員にもなり、何よりも「社会主義者」と公然と名乗っている(最新刊の『バーニー・サンダース自伝』大月書店、は必読である)。多くの日本人が「エッ! アメリカに社会主義者?」と驚いた。
 二人目はクリストーフ・デームケ氏、と言っても知っている人はごく少ないだろう。彼は、東ドイツの福音主義教会のキリスト者で、ベルリンの壁が崩壊した一九八九年にドイツ民主共和国(=東ドイツ)崩壊後にも「残らねばならないこと」の一つとして「社会主義」と明記し、その意味を「労働の重荷と成果を互いに分かち合うという社会主義の基本的関心です」(一五頁)と説明した。一九九一年末のソ連邦崩壊の前年に刊行された著作に収録されたものだからいささか時を経た文書であるが、訳者渡部満氏によれば「さまざまな脅迫や弾圧を経験しながらも望みを捨てることなく国内に留まり……社会の変革を願い求め」(二一九頁)た人の発言だけに特筆に値する。この言葉は、J・ヒルデブラント/G・トーマス編『非暴力革命への道』(教文館、一九九二年)からである。本書の校正中に、銀座のキリスト教図書の教文館に数年ぶりに妻に伴われて入ったら、書棚のこの本が目に入り、頁をめくっていたら、この文章を発見した。信心深い人なら「神の導き」と胸を打たれるであろう。
 三つ目は、この前日の「東京新聞」一面に「心情的社会主義者」の文字を見つけた。権藤三鉉著『芥川龍之介論』の広告のキャッチフレーズである(七月二九日)。芥川は「心情的社会主義者」だった(文芸書房出版、八八頁など)。東大での卒論は「ウィリアム・モリス研究」(一一一頁)で、芥川は、「小生はせかちな革命家には同情しません」と書き、ロシアでの「ネップ」(新経済政策)とレーニンを高く評価していた(一〇六頁)。サンダースの広告には「社会主義者」とある。これらの言葉が広告のキャッチフレーズになったことに最近の風潮の変化が読み取れる。
 今日の日本は、非正規労働者が激増し、社会的格差が深刻に広がり、子どもの六人に一人が貧困状態で、児童虐待が年間一〇万人を超える〈格差社会〉となっている。壊憲策動も強まっている。〈友愛を心に活憲を!〉を対置して反撃しなくてはならない。その反転攻勢のなかで、やがて〈社会主義〉は再浮上すると、私は確信している。流行り言葉で言えば「九九%の貧者」の味方として、〈社会主義思想〉は誕生した(拙著『社会主義はなぜ大切か』社会評論社、参照)のであり、歴史の経験に学んで、〈社会主義像〉を豊かにしていくことが求められているのである。
 私は、一九六〇年の安保闘争に高校二年生で地方都市のデモに参加していらい、初めは新左翼の「反戦派労働者」として活動し、いらい〈社会主義〉を志向してきた。大学に行かなかったので、学歴社会では軽視され、政治的には社会主義志向を明確にし、「日本共産党との対話を求める」という独自の主張ゆえに、日本共産党からも新左翼党派からも敬遠されている。他方、昨年、日外アソシエイツの「現代を代表する作家・執筆者・研究者・ジャーナリストなど五〇〇〇名」を収録した『現代日本執筆者大事典・第5期』に掲載された。この人名事典には新左翼系の論者は数人しか載っていない。だから、どうした、ということに過ぎないが、励みにはなった。
 本書に収録した論文の執筆経過をごく簡単に説明する。
 第Ⅰ部 今日の課題:主となる「ソ連邦の崩壊とマルクス主義の責任」は、今度あたらしく書いた。最初の「社会主義再生への反省」は、一九九一年に「朝日新聞」に投稿・掲載されたもので、一つの出発点をなす。「『ソ連邦=党主指令社会』論の意義」は一昨年に書いた。「森岡真史論文に答えることが急務」は、二〇一一年に『経済科学通信』の「誌面批評」として求めに応じて書いたもので、私が関与しない他の雑誌での掲載であった。
 第Ⅱ部 歴史的反省:「レーニンの『社会主義』の限界」は、一九九二年に『経済評論』に投稿・掲載された。「社会主義経済計算論争の意義」は、一九九六年に『原典 社会主義経済計算論争』を編集・刊行した時にその「解説」として書いた。「〈社会主義と法〉をめぐるソ連邦の経験」は、一九九九年に書いた。「レーニンとオーストリア社会主義」は、二〇〇四年にレーニン没八〇年に際して開催したシンポジウムでの報告を元にしている。
 第Ⅲ部 未来社会論:「社会主義の経済システム構想」は、二〇〇八年に公益財団法人政治経済研究所の『政経研究』に発表したものである。
 第Ⅳ部 書評:ソ連邦の崩壊後の思索のなかで、強い刺激となり学んだいくつかの著作の書評である。近年のものも二つ収録した。
 補論 「政権構想」論議と「野党共闘」の前進を──参議院選挙と東京都知事選挙を終えて:ソ連邦論や社会主義論にだけではなく、日本の現実にも真剣に関心を払い出口を模索していることを明らかにするために、参議院選挙と東京都知事選挙の結果をどのように評価すべきかについて簡単ながら明らかにした。
 「誰が書いたか」ではなく、〈何が書いてあるのか〉に重点を置いて一読していただいて、批判を寄せ、論議を深めていただくことを切望します。
 二〇一六年八月六日  猛暑の夏 ヒロシマの日に

 ソ連邦の崩壊と社会主義──ロシア革命100年を前に 目 次
まえがき
第Ⅰ部 今日の課題
社会主義再生への反省
ソ連邦の崩壊とマルクス主義の責任
 はじめに
 第1節 ロシア革命のなかの「普遍的なもの」
  A 「特殊性を普遍的であると錯覚したむき」?
  B 「社会主義」こそが「普遍的なもの」
  C 解明されるべき問題群
 第2節 ソ連邦の崩壊とマルクス主義の責任
  A マルクスの功績
  B マルクスの弱点
  C マルクス主義の責任
 第3節 〈資本主義克服社会〉として明示すべき
  A 「改良か、革命か」ではなく、統一的な理解を
  B 革命実現のために要する時間
 付 村岡到の思索の歩み
「ソ連邦=党主指令社会」論の意義  
 はじめに
 第1節 基本的立場と姿勢
 第2節 三つの誤った「理論」
  A 「国家資本主義」説の難点
  B 「国家社会主義」説の迷妄
  C 「社会主義とは無縁」説は無責任
 第3節 トロツキーの「堕落した労働者国家」論の有効性
 第4節 村岡ソ連邦論の到達点
 むすび──〈社会主義像〉の深化・豊富化へ0
森岡真史論文に答えることが急務
  ──『経済科学通信』の「誌面批評」
第Ⅱ部 歴史的反省
レーニンの「社会主義」の限界
 はじめに
 第1節 ロシア革命直後の経済問題
  A 前人未踏の四重の困難
  B 戦時共産主義から新経済政策ヘ
 第2節 「国家資本主義」めぐる意見の相違
  A コミンテルン第四回大会での相違
  B レーニンの「国家資本主義」理解
  C 『過渡期経済論』とレーニンの『評注』
 第3節「社会主義的原始的蓄積」めぐる相違
  A 「子供の遊び」と評したレーニン
  B 「社会主義的原始的蓄積」の意義
 第4節 価値法則をいかにとらえるか
  A レーニンにおける「価値法則」の不在
  B 対馬忠行とトニー・クリフの場合
 小 括8
  A レーニンの「社会主義論」の検討を
  B なぜ「レーニン主義」は権威を保持しえたのか
社会主義経済計算論争の意義
〈社会主義と法〉をめぐるソ連邦の経験
  ──ロシア革命が直面した予期せぬ課題
 はじめに
 第1節 未開拓分野としての「法学」
 第2節 遅れたロシアの「法文化」と法律をめぐる変遷
  A 革命直後に直面した課題
  B 「スターリン憲法」での転換とペレストロイカの挫折
  C パシュカーニスの悲劇  
 第3節 歴史の教訓と新しい課題
  A 清算主義ではなく歴史に学ぶ立場を
  B 「人権」と「主権」を定位できなかったマルクス主義法学
レーニンとオーストリア社会主義
 はじめに
 第1節 オットー・バウアーの軌跡と業績
 第2節 小冊子『社会主義への道──社会化の実践』
 第3節 オーストリア社会主義
第Ⅲ部 未来社会論
社会主義の経済システム構想
 はじめに
 第1節 ソ連邦崩壊の教訓
 第2節 経済システムを構想する前提
 第3節 社会主義の経済システム
  A 生活カード制
  B 協議生産
第Ⅳ部 書 評
尾高朝雄『法の窮極に在るもの』
 オーストリア社会主義を継承、法の重要性を貫く
廣西元信『資本論の誤訳』
 摂取すべき先駆的な諸提起
ソ連邦崩壊後の五冊──法学社会主義の有効性
 アントン・メンガー『全労働収益権史論』
 藤田勇『ソビエト法理論史研究』
 グスタフ・ラートブルフ『社会主義の文化理論』
水野和夫『資本主義の終焉と歴史の危機』
 資本主義の終焉を巨視的に鋭く解明
丹羽宇一郎『中国の大問題』
 日中親善の重要性と活路を提示

コラム「法の階級性」─沼田稲次郎の場合
コラム 「診療報酬」は〈協議経済〉の萌芽
補論 「政権構想」論議と「野党共闘」の前進を
  ── 参議院選挙と東京都知事選挙を終えて
あとがき
村岡到主要著作
人名索引