『農業が創る未来 ヤマギシズム農法から』 書評:藤岡 惇
「未来社会」を考えるために──ヤマギシズム農法の発展史を追跡した本
ヤマギシ会といえば、一九五三年に養鶏業を営む山岸巳代蔵さんの指導のもとで設立された共同体で、参画者に全財産の寄進を求め、財産共有にもとづく大規模な農牧畜経営を推し進めてきた。生涯にわたって生存権が保障され、貨幣収入なしで生活でき、序列がなく、特定の権力者もいないなど、同会は、現代社会の常識とは正反対の生き方を目指してきた。マルクスが構想したような共産主義的共同体が、資本主義体制の下で存立できるのか否か、を実験する試みだと見る向きもあった。「われ、ひとと共に繁栄せん」という標語を掲げて、ヤマギシ会は九〇年代前半に最盛期を迎えるが、やがて社会常識との摩擦が臨界に達し、脱退者による寄進財産の還付請求訴訟が続出し、「子ども楽園村での体罰」問題も火を噴いた。人権団体やマスコミ、さらには共産党機関紙の『赤旗』からも指弾され、オウム真理教などオカルト系宗教団体と混同されるようにもなった。
しかし同会はしぶとく生き残っている。中核メンバーの参画者は、最盛期の三分の一の一五〇〇名ほどに減ったが、なお全国に一七の農事法人を擁し、年間売上高は六六億円。そのほか賃労働契約を結んで働いてもらっている社員が数百名おり、農事組合法人としては日本トップの地歩を固めてきた。
編著者の村岡到さんは、社会運動の現場に身をおきながら、社会主義をめざしてマルクス主義理論の限界と格闘してきた人だが、未来社会像を模索するなかで、「全人幸福」をめざすヤマギシ会の実践に注目するようになった。『ユートピアの模索──ヤマギシ会の到達点』が最初の成果だが、第二作が本書。ヤマギシズム農法の発展史を追跡した本だ。生存権を保障し、「持続可能な循環型農業」を創造していく上で、同会の歩みから学ぶことは多いというのが、本書の送るメッセージだ。
本拠地である三重県の豊里実顕地では、八〇〇〇頭の豚、二三〇〇頭の牛を飼う大規模な畜産部門を有しているが、近在の農家から稲わらを分けて貰い、家畜のための発酵粗飼料とする一方、鶏糞の入った良質の堆肥を近在農家に供給してきた。「叩いたり、脅したり、といったストレスを与えずに」家畜を愛育することが、美味しく栄養価の高い畜産品を生み出す秘訣とされる。隣接地に「豊里ファーム」なる直売店舗を開店し、新鮮なヤマギシ産品を地域住民や観光客に提供する事業も始まった。北海道に立地する別海実顕地は、一〇〇〇ヘクタールを超える広大な土地を有し、牛糞尿を原料に日量七〇〇立方メートルのメタンガスを製造し、日本では最大規模のバイオガス発電に挑戦している、等々の実績が紹介される。
このような最先端の実践は、小規模な「菜園家族」型経営では手が届かないのは明らかだ。豊富な資金力と「給料なしで働く良質の人材」の大量動員とをリンクさせた賜物であろう。動物と植物の排泄物を循環させる「耕畜循環型」農業や「学育」とリンクさせた「農業の六次産業化」の実験は興味深いし、地域社会との共存共栄の関係を築くことで、逆風を打破してきた教訓も貴重だ。冒頭には44枚のカラー写真が配置され、ヤマギシズム農法の諸相が活写されている。参画者の笑顔を見ていると、大地と共同体(血縁を越えた大家族)という人間発達の二大支柱に支えられることで、謙虚に成熟していく「百姓」像が浮き上がる。
かつてヤマギシ会に参画し、全財産を寄進したことから、家族解体の危機を招いた人が、評者の知人の中にいる。子育てをめぐるトラブルも起こったようだ。このような経緯があり、同会の運動への疑念を評者は拭えずにいたのだが、本書を読み、疑念の一部は氷解した。
「原始共産制の高次な形態での復活」という筋で、マルクスは未来社会を構想していたが、問題は「高次な形態」の中身をどう解するかであろう。「プライバシーの守られる鍵のかかる部屋」、「沈思黙考できる自分のデスク」、「家と会社から飛び出しても暮らしていける収入」こそが、家父長制の専横から個人の尊厳と自立を守る基盤だというのが、女性解放運動のスローガンだったが、共同体からの離脱が無財産状態での脱出を意味するとなれば、生存権が剥奪され、路頭に迷うことと同義だ。個人の私有財産を不用意に共有に移したばあい、縦型の前近代的な関係に回帰しがちなのは歴史の教えるところ。教祖や独裁者、支配政党に忠誠を誓わずには生きられないオカルト型の共同体に変質しないためには、何が必要なのかを、もっと探究してほしかった。
「シェアハウス」、「ワーカーズコープ」、「菜園家族」、「エコビレッジ」といった世界の動きに学びつつ、未来社会の細胞ともいうべき「大地と文化と共同体」に根ざす企業・家族システムをどう構想したらよいのか。このような人類史的な模索のなかで、ヤマギシ会というユニークな「大家族制的な財産共有型共同体」を位置づけ、その意義と限界を論じてほしかった。未来社会を考えるうえでの討論素材として、本書が活用されることを期待したい。
藤岡 惇(立命館大学特任教授)
〔「図書新聞」五月一七日に掲載。許可を得て転載〕
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『農業が創る未来 ヤマギシズム農法から』の読後感想
渡辺 操
師走に入り、そのしめくくりに『農業が創る未来 ヤマギシズム農法から』村岡 到様の御著書、お贈りくださいましてありがとうございました。早速、まえがきとあとがきを拝読して、感動して一気に一冊を拝読しました。理想社会をつくる農業の立場から「人間の根源的営みである」とのこと。かつて1960年代に思想の科学やユートピアの会で鶴見俊輔様が全人幸福社会づくりの一かんとしてヤマギシ会の中で文章が書ける人がいるでしょう、その人に書いてもらって世の中へ出したら良いと言われていました。村岡様がその役割をになってくださり大変たのもしく感じました。
若者が養鶏法研に入り豊里ファームを今年春に立ち上げました。村で生まれた若人たちが、住み良い社会づくり目指して出発です。まさに豊里ファームにかかわったすべての人は実顕地生産物です。
各地の実顕地を歩かれて、その実顕地をつくってきた道すじもよく聴いてそのまま著書に出された事に感動します。ヤマギシだけが良くなることはあり得ない。周囲の村人とも仲良く共に農業していく気持ちから現在の発展がありました。春日山実顕地が出発できたのも、家も何もないところへ私の夫、熊雄も参加してお寺の庫裡(室)で寝泊まりさせてもらったのです。一本一本、柱を周囲の村人も手伝って山へあげて戴きました。私は今、春日山実顕地にいますが、村人全員一人も落ちず落さず誰とでも仲良く一人ひとりの持味を幸福になるために活かし合ってやらせてもらっています。
夫は第一回の特講を受講し、私は第二回の特講を受講して、特講で二度と戦争は起こさない全人幸福社会に向って出発し今もその途上にあります。親、兄弟、親戚の人も始め反対しましたが、夫の父親が春まつりの日に亡くなって、たくさん親戚の人がお葬式に来てくれて、毎年春まつりが盛んになっていく姿に共鳴して一同喜んで戴いています。
農業をとおしてやっていますが、どんな職業も全人幸福社会づくり目指してやることで戦争はなくなります。御著書を拝読させて戴き、再び全人幸福社会づくりにむけて実践中です。ありがとうございました。一二月二五日
川口兵衛
いつもいつもお便りありがとうございます。
今回はまた新刊『農業が創る未来』送って頂き嬉しく読ませて貰っています。
実顕地の現状やそこでやっている人たちの考え方など、足を運んで調べてまとめていただき、さすが村岡さんだなと思います。
私たち村人にとっても批判されることにはなれていますが、今までにない新しい試みとしての連続です。村岡さんの好意的と思われる程、皆の思いを伝えてくれることに感謝しています。
子どもを育てるにも、欠点ばかり言いきかすより、良く出来たなとか大きくなったと言って成長を見守るように、この実顕地も全人幸福社会へと育っていくように全人で造っていくことと思います。
的外れのことも書きましたがご判読ください。
来年もよろしくお願いします。
12月29日 春日山実顕地
井口義友 (別海実顕地) / 2013年12月31日
村岡到さんの著書「農業が創る未来」読ませて貰い改めてヤマギシズムがこの人間社会において重要であるかが伝わってきて、前書きにも書いてありますが環太平洋経済連携協定に参加することになれば農家の経営が破綻してしまうかもしれない、だからこそヤマギシズムの社会づくりが急がれると思いました。
「農業が創る未来」で各実顕地のことや仕事に携わる人たちの様子、それから豊里実顕地と地域の農家との関係などが本の中からその様子が伝わって来るし、又農林水産省説明の所では年表や資料の数字で解りやすく表記されていたり、春日山実顕地の養牛部に来る獣医さんに「ヤマギシと他の牧場との違いはあるか、どういう違いがあるか」と伺ったり村岡さんの取材の凄さが伝わって来ました。
ヤマギシズムを知人等に理解をして貰う為、自分で説明するよりもこの「農業が創る未来」の本を送り読んでもらいたいと思いました。
新村正人(加賀実顕地) / 2014年1月30日
自分で手に入れて読むのもいいけど、村岡さんの熱意を多くの方々にも知って欲しいなぁと、ふと思い立って、加賀市立図書館に読みたい本リクエストしてみたら、購入してくれることになりました。図書館のブックリストの内容紹介にこんな風に書いてくれています。
「困難に直面している日本の農業をどうしたらよいのか。人間にとっての農業の根源的な意義や、日本の農業の現状を明らかにするとともに、エコヴィレッジの先駆であるヤマギシ会の農業=ヤマギシズム農法を紹介、分析する」。
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