マルクスの社会主義と非政治的国家──一大協同組合から多元的連合社会へ
国分 幸
マルクス主義の国家論=階級国家論に加え、マルクスも言及していた「非政治的国家」を構想することが、スターリン主義を克服する水路であることを、文献を精査し明らかにする。利潤分配制による多元的連合社会を展望する。
2016年12月15日刊行
四六判 211頁 1800円+税
ISBN978-4-904350-42-3 C0031 |
目 次
まえがき
第一章 一国一工場体制から利潤分配制の連合社会へ
1 二〇世紀社会主義の最大の問題=スターリン主義
2 スターリン主義と一国一工場体制
3 マルクス、エンゲルスと一国一工場問題
4 「一国一工場」構想の根源=市場廃止の計画経済思想
5 もう一つの社会主義:利潤分配制の市場的連合社会
第二章 国家の死滅と「非政治的」国家の問題
はじめに──従来の国家死滅論の死角──
1 「国家の死滅」と「共産主義社会の国家制度」という一見矛盾した主張
2 「ブルジョアジーなきブルジョア国家の存続」というレーニンの主張
3 マルクス、エンゲルスと「非政治的」国家の問題
4 「非政治的」国家から「政治的」国家への転成
第三章 共同所有と「個人的所有の再建」
1 共同所有の社会主義的形態
2 再建される個人的所有の謎の解読
─共同所有の高次形態=連合的所有(個々人的共同所有)とする説の検証
3 共同所有から共同占有への改訂の謎の解読
第四章 マルクス、エンゲルスと共同占有
はじめに
1 初期エンゲルスの場合
2 アジアの原古的共同体(『資本論』第二版)
3 共同占有をめぐる両者の直接的な意思疎通
4 二つの「変更一覧(指図書)」と『資本論』仏・独・英語版
5 その後のエンゲルス:「共同占有の土台は準備されている」
第五章 一大協同組合による共同占有とデスポティズム
1 過渡期における共同占有=個々の協同組合による集団的占有
2 社会主義社会における共同占有=一大協同組合(協同体)による共同占有
第六章 連合的社会主義と「否定の否定」、「物象的依存性」
1 計画経済とスターリン主義
2 社会主義の目的は階級と搾取の揚棄(否定)
3 多元的連合社会とその生産・領有様式
4 「否定の否定」と連合的所有
5 社会形態の三段階と多元的連合社会
あとがき
詳しい目次 |
まえがき
「非政治的」国家という言葉を用いたのはレーニンであり、マルクス自身が用いているわけではない。そういう点では、この言葉は「計画経済」という言葉と似た側面がある。というのも、マルクスやエンゲルスは確かに計画経済という言葉そのものを用いたことはないからである。しかし彼らは計画的な生産については幾度も繰返し語っており、それを計画経済と呼ぶ点に特に差しさわりはない。それと同様に、非政治的国家という言葉こそ用いていないが、マルクスは非政治的な国家について何度か言及している。彼が『ゴータ綱領批判』(一八七五年五月)で述べている「共産主義社会の国家制度Staatswesen」という一句もその一つである。この一句を理解するためには、非政治的国家という言葉は必要不可欠な概念である。
マルクス主義の国家論としてよく知られているのは、「階級国家論」(国家とは一階級が他の階級を抑圧するための機関である)と「国家死滅論」(階級の死滅と共に国家も不可避的に死滅する)である。この場合の「国家」は「統治機関」としての国家(status)である。資本主義から社会主義への過渡期に存在する「プロレタリアート独裁」国家についても、無論これらの国家論は当てはまる。『共産党宣言』には「本来の意味の政治的権力Gewaltは、ある階級が他の階級を抑圧するための組織された暴力である」と述べられているが、この政治的権力も「統治機関」としての国家の権力である。
だがしかしこれらの国家論は、マルクスが「共産主義社会の国家制度」と述べた場合の国家に対して妥当しないのは明白である。なぜなら、この社会にはもはや階級は存在せず、従ってまた「本来の意味の政治的権力」である統治機関としての国家も存在しないからである。そこで社会主義社会(共産主義の低次段階)においては、「等量労働交換」(必要な控除が行われた個人的労働量と同等の労働量に相当する消費手段との個別生産者による交換)というブルジョア的権利を保護するために、死滅しつつある「ブルジョアジーなきブルジョア国家」が管理機関として存続するとする説が唱えられることになる(レーニン、トロツキー)。
マルクスが非政治的国家の存在を認めていることを示すもう一つの事例は、「バクーニンの著書『国家制と無政府』摘要」の中に出てくる一文である。この摘要は『ゴータ綱領批判』の数ヵ月前に作成されたものであるが、「人民全体が統治するようになる。すると統治される者はいなくなる。……そうなれば政府はなくなり、国家はなくなるだろう」というバクーニンの言葉を受けて、マルクスは次のように述べている。「これはただ、階級社会が消滅すれば、今日の政治的な意味での国家はなくなるということである」(MEW 18, S.634)。
「階級的」国家を「政治的」国家と呼ぶとすれば、社会主義段階に存在する「非階級的」国家は「非政治的」国家と呼ぶのがふさわしいと言えよう。
だがしかしマルクスが「共産主義社会の国家制度」と述べたとき、この非政治的国家の任務として彼の念頭にあったのは、単に「等量労働交換」を督励することだけではあり得ない。言うまでもなく共産主義社会は、社会主義段階を含め、市場廃止の計画経済社会なのだから、計画経済を遂行することこそはこの国家の何よりも枢要な任務として考えられていたはずである。そうだとすれば、市場廃止の計画経済が存続する限り、そうした任務もまた当然存続し、その限りこの国家自身も永続するのは必然である。かくして、「死滅する」のはもっぱら「政治的」国家のみであることになる。
肝心なのはこの非政治的国家とは何かということである。統治機関ではなく、単なる管理機関にすぎないものを国家と呼ぶのは不自然である。それはむしろ非政治的国家が有する管理機関と言うべき性質のものである。そうだとすれば、「共産主義社会の国家」である非政治的国家とは、共産主義的共同体(一大協同組合)そのものを意味することになる。
マルクス主義の国家論には、先に挙げた「国家=統治機関」論とは異なる、国家に関するもう一つの発想がある(広松渉『唯物史観の原像』一三四頁以下)。「国家というものは、支配階級の諸個人が彼らの共通利害を貫徹し、ある時代の市民社会全体が自らを総括する形態である」(広松渉編訳『ドイツ・イデオロギー』一五六頁)や「国家は、全社会の公式の代表者であり、目に見える一団体へと全社会を総括するものZusammenfassungであった」(『反デューリング論』MEW 20, S.261)とする国家観(国家=社会統体論)がそれである。つまり国家は、統治機関としての側面と同時に、社会をまとめ上げる機関という側面も併せ持っているわけである。
かくして、総括するものとしての国家によってまとめ上げられた社会とこの国家自身を含む一全体が存在することになる。それはホッブスによってコモン・ウェルス、civitasと呼ばれたものに該当する国家である。この国家は、階級社会においては、統治・総括機関としての国家を含む社会全体を意味し、国家を「幻想的共同社会」(『ドイツ・イデオロギー』一二七頁)とする認識もこうした国家観の系列に属すると言えよう。
先に述べた「共産主義社会の国家」を共産主義的共同体とする理解も同一の国家観に連なるものであり、社会全体をまとめ上げる機能は非政治的な国家機関によって遂行される。「一国一工場体制」をもたらす計画経済はそのような機能の大半を担うことになる。
二〇一六年一一月 国分 幸 |
マルクスの社会主義と非政治的国家──一大協同組合から多元的連合社会へ 目 次
まえがき
第一章 一国一工場体制から利潤分配制の連合社会へ
1 二〇世紀社会主義の最大の問題=スターリン主義
2 スターリン主義と一国一工場体制
A スターリン主義体制の土台=「一国一工場」体制
B 一国一工場体制の陥穽=アジア型国家への変質
3 マルクス、エンゲルスと一国一工場問題
A プルードンとマルクス:『哲学の貧困』における諸問題
B マルクス、エンゲルスと一国一工場構想
C 同時代人が捉えたマルクスとエンゲルスの社会主義像
4 「一国一工場」構想の根源=市場廃止の計画経済思想
A 計画経済の諸方式と一国一工場体制
B 「分権的」計画経済の場合
C マルクス、エンゲルスによる是認的「黙示」の根源
5 もう一つの社会主義:利潤分配制の市場的連合社会
A 社会主義と市場の両立性
B 連合的生産様式への転換
第二章 国家の死滅と「非政治的」国家の問題
はじめに──従来の国家死滅論の死角──
1 「国家の死滅」と「共産主義社会の国家制度」という一見矛盾した主張
2 「ブルジョアジーなきブルジョア国家の存続」というレーニンの主張
3 マルクス、エンゲルスと「非政治的」国家の問題
4 「非政治的」国家から「政治的」国家への転成
第三章 共同所有と「個人的所有の再建」
1 共同所有の社会主義的形態
A 個人的所有の再建について
B 共同体的所有と生産手段の個人的所有は両立可能か
C 共有・合有と生産手段の個人的所有の両立可能性
2 再建される個人的所有の謎の解読
─共同所有の高次形態=連合的所有(個々人的共同所有)とする説の検証
A 社会主義に至る過渡期の場合(検証その一)
B 社会主義段階(一国一工場体制)の場合(検証その二)
C 検証のまとめ
3 共同所有から共同占有への改訂の謎の解読
A マルクスとエンゲルスのアナーキズム(バクーニン)批判
B バクーニンのマルクス批判
C 共同所有から共同占有への改定が意味するもの
第四章 マルクス、エンゲルスと共同占有
はじめに
1 初期エンゲルスの場合
2 アジアの原古的共同体(『資本論』第二版)
3 共同占有をめぐる両者の直接的な意思疎通
A 『反デューリング論』のゲマインベジッツについて
B 「フランス社会主義労働党綱領」前文のマルクスによる口述
C 『共産党宣言』ロシア語第二版序文の共同執筆
4 二つの「変更一覧(指図書)」と『資本論』仏・独・英語版
A 二つの「変更一覧」の内容
B 仏語版と独語版の用語の不整合と仏語版への統一
C 仏語版におけるポゼッシオン・コミュヌへの用語の統一について
5 その後のエンゲルス:「共同占有の土台は準備されている」
第五章 一大協同組合による共同占有とデスポティズム
1 過渡期における共同占有=個々の協同組合による集団的占有
2 社会主義社会における共同占有=一大協同組合(協同体)による共同占有
A 以下の考察の諸前提
B 計画経済と一大協同組合による共同占有
①協同組合的占有の国営への変質
②協同組合的所有の国有への変質
第六章 連合的社会主義と「否定の否定」、「物象的依存性」
1 計画経済とスターリン主義
A スターリン主義の根源=市場廃止の計画経済思想
B 計画経済と死滅せざる非政治的国家の問題
2 社会主義の目的は階級と搾取の揚棄(否定)
3 多元的連合社会とその生産・領有様式
4 「否定の否定」と連合的所有
A 二様の「否定の否定」
B 「否定の否定」としての連合的所有
5 社会形態の三段階と多元的連合社会
A 物象的依存性について
B 第三の社会形態と物象的依存性の揚棄(否定)
C 多元的連合社会と物象的依存性の問題
あとがき |