ロゴスの本

ミル・マルクス・現代  武田信照

ミル・マルクス関係を再検証
マルクスのミル批判の問題点を摘出し,両者の社会思想の特徴を対比的に検出するとともに,ミル停止状態論の視角から成長至上主義的な現代世界の情況を俯瞰する。あわせてミル・マルクス関係の考察に大きな足跡を残した杉原四郎の研究の軌跡を辿る。


2017年8月15日刊行
四六判上製 250頁 2300円+税
ISBN978-4-904350-44-7 C0031

目次

まえがき
第1章 マルクスのJ.S.ミル批判再審
第2章 J.S.ミルとマルクス──株式会社論と協同組合論
第3章 ミル停止状態論と現代
第4章 経済成長(離陸)の前提条件
第5章 マルクスからJ.S.ミルへの転換
        ──杉原四郎の研究視座──
書評
おわりに

詳しい目次

著者紹介 武田信照 たけだ のぶてる
1938年 長崎県に生まれる
1969年 大阪市立大学大学院経済学研究科博士課程修了
愛知大学法経学部講師
1985年 愛知大学法経学部教授(1989年学部改組で経済学部教授)
1999年 愛知大学学長・理事長
現在   愛知大学名誉教授
著書
1982年 『価値形態と貨幣──スミス・マルクス・ヒルファディング』梓出版社
1998年 『株式会社像の転回』梓出版社
2006年 『経済学の古典と現代』梓出版社
2013年 『近代経済思想再考』ロゴス

 まえがき

 本書はタイトルに表示しているように,ミル・マルクス関係を中心に考察し,加えてミル的視点から現代の諸問題を俯瞰したものである。私の研究歴を簡単に回顧し,小著をこうしたテーマで編むにいたった経緯を記しておきたい。
 先著『近代経済思想再考』(ロゴス)の「まえがき」で触れているように,私の学部・大学院時代に属したゼミは,経済学史ではなく経済原論と金融論であった。愛知大学に職を得て,学内事情から経済学史を担当した。当初の研究テーマは,それまでの関心を受け継いで貨幣論であったが,担当科目との関係で出来るだけ経済学史的側面に気を配ることとした。1982年に出した最初の著書『価値形態と貨幣』(梓出版社)は,スミス・マルクス・ヒルファデングの貨幣論を研究対象としたものであったが,この処女作の中核をなすマルクスの価値形態論については,多くの研究者の検討対象となった。そのうち立ち入った批判的検討をいただいた赤堀邦雄教授(関東学院大学)と松石勝彦教授(一橋大学)に対しては,お2人の実体論的偏りを指摘するとともに,ご批判に即して私の価値形態論理解を,説得力を高めるようにより丁寧に説明する論考を書き,それは『経済学の古典と現代』(梓出版社、2006年)に収録している。貨幣論の基礎ともいうべき価値形態論については,肝心要の「形態内実」がどこまで正確に把握されているのか,私は今でも疑問に思っている。理解にとって重要と思われるペテロとパウロの例示の意義を掴んだ論考を,管見のかぎり目にしたことがない。
 貨幣論の次に研究テーマとして選んだのは株式会社論であった。関心の発端は学部時代旧三商大(現在,一橋・神戸・大阪市立の各大学)間で毎年開かれていた学生の研究発表と討論の場で,バーリ&ミーンズの経営者支配論に接したことであった。大学新聞の取材のために顔を出したある分科会でのことであった。株式会社は建前は株主支配であるが,しかしその実態との間に乖離が生じているのはどんな事情によるのか。興味は長く潜在していたが,それを経済学史的観点から新たな研究テーマとして取り上げることにした。研究対象はスミス・ミル・マルクスの株式会社論であった。
 スミスは株式会社では株主は配当以外には関心が薄く経営者支配に傾きがちであり,その経営者は他人の貨幣の管理者であって非効率な経営になりがちだという理由で,特定の分野以外には否定的であった。スミス的懸念を共有しながらも,この株式会社否定論的系譜を転換させ,大規模生産の利益を実現させるものとして株式会社肯定論を展開したのがミルであり,研究対象としてのミルとの最初の出会いであった。株式会社論が研究対象であっても,その理解にはミルの経済学と思想の全体像が一応は把握されていなければならない。そうした作業のなかで,ことに私の興味を刺激したのが彼の社会改革論であった。株式会社を次の生産様式への「必然的な通過点」と見たマルクス株式会社論との異同はもとより,ミルの社会改革論とマルクスの社会変革論との比較検討が大きな課題となった。こうした諸問題を論じた論考は,『株式会社論の転回』(梓出版社,1998年)に収録している。この著書出版後,そこでの議論をベースに,ミルとマルクスの株式会社論と協同組合論との比較検討を中心に置き,その上で両者の社会改革・変革構想の異同を検討した論考を書いた。それはこの小著の第2章に収録した。
 大学退職後,経済学史講義の守備範囲内で,講義で立ち入って論じなかった問題,触れはしても新たな観点から見直してみたい問題,あるいは学生の反応が強かったことに鑑み補足しておきたい問題など,講義関連の諸問題を取り上げて,大学紀要に半ばエッセイ風に論じた連載論考を書いた。講義録補遺ないし余録である。取り上げた問題は,特定のテーマを時系列的に追跡したものでも,特定の経済学者の学説や思想を集中的に検討したものでもない。テーマも人物もアトランダムな,いわば「経済学史点描」である。ただどの論考でも現代との関連を意識している。この一連の論考をもとに若干の既出論考を加えて編んだのが前記『近代経済思想再考』であった。その第4章でスミスからミルへの株式会社論の転換を論じ,第5章でミルの社会改革論およびそれに関連する彼の停止状態論を検討している。その際,この著書では直接には触れていないが,マルクスとの関連が常に念頭にあった。『株式会社像の転回』の執筆過程およびそれ以降,19世紀中葉を代表する思想家であるミルとマルクスとの比較とそれが現代にとって持つ意味の検討が私の主要な問題意識,少なくともその1つとなったといってよい。本書第5章で取り上げた杉原四郎氏の問題意識と類似である。そうした関心から近年執筆したミル・マルクス関係の幾つかの論考に,少し早い時期のものではあるが先述の両者の株式会社論と協同組合論を比較した論考を加えて編んだのが,今回の小著である。付論として最近書いた書評とエッセーを収録した。

 もともと独立の論考であったため,叙述に重なる部分がある。ことに第1章と第3章のミル停止状態論の部分がそうである。ご寛恕をお願いしたい。
 また講義録補遺がベースとなった純学術的とはいえない諸論考であるため,ご批判はあると思うが,先の『再考』の場合と同様,参考文献は煩瑣を避けて極力一部にとどめた。文献を挙げる場合でも,その表記は簡略化し,引用ページや欧文表記は省略した。横組であることを考慮して,数字は引用文を含め出来るだけ算用数字を用いた。

 2017年4月

 目 次

 まえがき

 第1章 マルクスのJ.S.ミル批判再審
はじめに
 ① 生産・分配二分論批判
 ② 利潤論批判
 ③ 停止状態論をめぐって
おわりに

 第2章 J.S.ミルとマルクス──株式会社論と協同組合論──    
はじめに
第1節 ミルの株式会社論と協同組合論
 ① 資本家と労働者のアソシエーション
 ② 労働者間のアソシエーション
 ③ 当面好都合な事態と将来
 ④ ミル・アソシエーション論の特徴
第2節 マルクスの株式会社論と協同組合論
 ① 株式会社論
 ② 協同組合論
 ③ マルクスの株式会社論・協同組合論の特徴
第3節 ミルとマルクス──社会変革構想の比較
 ① 選択と必然
 ② 進化と革命
 ③ 市場と計画
おわりに

 第3章 ミル停止状態論と現代
はじめに
第1節 経済成長と停止状態──スミス・リカード・ミル──
 ① スミス
 ② リカード
 ③ J.S.ミル
第2節 成長の限界と現代
 ① 各種資源の有限性
  農地
  鉱物資源
  エネルギー資源
 ② 自然環境問題
  生態系・生物多様性
  廃棄物・汚染
第3節 停止状態社会
おわりに── 経済成長至上主義への挽歌──

 第4章 経済成長(離陸)の前提条件
はじめに
第1節 農業基礎論の理論的系譜
 ① チュルゴー
 ② スミス
 ③ マルクス
第2節 関連する諸問題
 ① 農業と外国貿易
 ② 農業と工業  
 ③ 農業革命

 第5章 マルクスからJ.S.ミルへの転換──杉原四郎の研究視座──
はじめに
第1節 マルクス・アゲンスト・ミル(前半期)
 ① 社会主義論
 ② 利潤起源論・利潤権利論
 ③ 改良と革命
第2節 マルクスからミルへ(後半期)
 ① 生産と分配──ミルとマルクスとの対比──
 ② 利潤変動論
 ③ 自由と進歩
 ④ 自然・人間・労働
 ⑤ 改良と革命
おわりに──「ミル・マルクス問題」──

 書評
小幡道昭『価値論批判』(弘文堂,2013年)
村岡到『貧者の一答──どうしたら政治は良くなるか』
 エッセー
広津和郎『裁判と国民』
 ──松川事件と冤罪──
60年安保闘争の経験と集団的自衛権

おわりに
人名索引