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企業福祉と日本的システム
──トヨタと地域社会への21世紀的まなざし  櫻井善行

日本の大企業は、労働者に賃金を支払うだけではなく、さまざまな福祉を実施提供している。住宅、余暇利用施策、医療・健康・退職関連施策などがある。それらは〈企業福祉〉と言われている。本書は、この〈企業福祉〉の実態を克明に捉え、その役割と影響を明らかにするユニークな研究である。
〈企業福祉〉は二一世紀にどうあるべきか。

企業福祉と日本的システム
──トヨタと地域社会への21世紀的まなざし  櫻井善行
2019年11月15日刊行
A5判並製 266頁 2300円+税
ISBN978-4-904350-64-5 C0031
著者略歴
櫻井善行 (さくらい よしゆき)
博士(経営学)名古屋学院大学大学院経済経営学研究科
1950年 長野県生まれ
1975年 愛知大学法経学部経済学科卒業
2001年 名古屋市立大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学
 主な著書(共著)
『トヨタ企業集団と格差社会』ミネルヴァ書房、2010 『トヨタショックと愛知経済─トヨタ伝説と現実』晃洋書房、2010 『名古屋経済圏のグローバル化対応』晃洋書房、2013 『労働組合運動の新たな地平』かもがわ出版、2015

目次

目  次
まえがき
序 章 企業福祉の鳥瞰
 1 はじめに  
 2 現状認識 
 3 企業福祉の鳥瞰
 4 本書での問題意識と研究課題
 5 先行研究の到達点と課題
 6 おわりに
第1章 企業福祉をめぐる先行研究
 1 はじめに──企業福祉研究をめぐるスケッチ 
 2 1990年代以前の企業福祉研究
 3 1990年代以降の企業福祉研究
 4 個別研究課題から企業福祉研究へのアプローチの事例
 5 近年の研究傾向
 6 橘木俊昭理論にどう向き合うか 
 7 おわりに──「企業性善説」の検証
第2章 企業福祉の歴史的変遷  
 1 はじめに 
 2 公的福祉に先行した企業福祉
 3 日本的労使関係と企業福祉の変容
 4 多様化する企業福祉
 5 カフェテリアプランとアウトソーシング
 6 企業福祉を取り巻く環境変化──トヨタを事例に
 7 おわりに
第3章 企業福祉と格差社会
 1 はじめに
 2 日本的労使関係と「格差社会」 
 3 「格差社会」と企業福祉
 4 高齢社会と企業福祉
 5 おわりに  
第4章 企業の社会的責任と企業福祉  
 1 はじめに
 2 企業社会と企業の社会的責任(CSR)
 3 日本的経営と日本の企業
 4 企業の社会的責任
 5 「企業不祥事」とコンプライアンス
 6 企業の社会貢献活動
 7 おわりに
第5章 企業福祉と労使関係──トヨタの事例をふまえて
 1 はじめに
 2 日本の労働現場とトヨタ生産システム
 3 トヨタ自動車堤工場過労死事件
 4 働きがいのある職場を考える
 5 働かせ方からみた企業の類型
 6 トヨタにおける裁量労働の拡大
 7 おわりに
第6章 企業福祉と企業内教育  
 1 はじめに
 2 愛知・西三河の教育
 3 「企業内教育・訓練」の検証
 4 技能連携教育の光と影 
 5 おわりに
第7章 企業福祉と企業城下町
 1 はじめに
 2 西三河地域の概要
 3 グローバル化の中でのトヨタと西三河
 4 自動車産業の成熟化
 5 外国人労働者と多文化共生社会
 6 企業福祉と医療機関
 7 おわりに 
終 章 企業と地域社会の創造的共生に向けて
 1 はじめに
 2 本研究の到達点と課題
 3 本研究の今後の課題
 4 総括と展望 21世紀の創造的共生に向けて
 5 おわりに

あとがき                        
参考文献一覧
図表一覧

 まえがき

 本書は企業福祉の具体的事例を通して、日本的システムの特徴を浮かび上がらすことをめざした。利潤を追求することを最大の目的とする企業。人々の幸せを課題とする福祉。この2つの用語が合成されたのが「企業福祉」である。このカテゴリーの持つ複雑で独特な意味合いがある。その企業福祉を通して、企業と地域社会の実態を考察して、それらの可視化を試みようとした。
 そもそも「企業福祉」という用語自体、学問的に定式化され、認知されているかは定かではない。研究対象としても、他の近接・関連分野と比較して、これまで大きな脚光を浴びることはなく、脇役的存在であった。福祉という用語は使われても疑似福祉に過ぎないという指摘もある。にもかかわらず、無視できない形で、人々の生活に影響を与え、存続してきたのは、当事者の様々な思惑が錯綜するからであろう。
 企業サイドの人事労務の側からすれば、ストレートに賃金という形で導入せずに、「間接的」な報酬で働くものの充足感を満たした。その結果、有形無形の、労働へのインセンティブを促した。一方で、働く側からすればサービスや施設の提供を受けることでの生活改善と結びついた。提供する企業の構成員であることが、利益を享受する根拠であり、そのことは企業への帰属意識を醸成したのは間違いない。この機能は、日本経済が右肩上がりの時代までは十分に果たすことが出来たが、その機能が、これからも果たしうるかという検討課題がある。
 ところで、本書のサブタイトルにもした「トヨタと地域社会」は、私のライフワークに影響を与えてきた。それは私がこれまでのこの企業とこの企業に影響を受けてきた地域社会(とりわけ西三河)と深い関わりの中で生活してきたからである。
 日本のシステムの特徴を、主要な要因から分析する王道的な手法もあろう。だが私はあえて企業福祉という脇役的存在から日本的システムに迫ってみた。これが本書の神髄である。
 この企業福祉には大きな問題点が内包していた。同じ地域社会でもその恩恵を享受する人と、享受できない人との格差が歴然としてある。明らかに現代社会の1つの現象である「格差社会」を体現している。当事者の中にある漠然としたこうしたものへの是非は、結局は利益を受容する側からは、「それでかまわない」という声にかき消されてしまう。「共生」の視点が欠落すれば、利益享受されることへの「暗黙の了解」で、それから先の思考回路は止まってしまう。企業福祉の事例考察をするにあたって、トヨタという企業と西三河という地域社会は絶好の「教材」を提供してくれた。
 社会人研究者は、高尚な理論から現実に下りることよりも、現実の社会現象を正確に捉えて高次なものに向かっていくことにこそ意義がある。私自身が若い頃から関心があった日本の大企業の位置、それに影響を受けた地域社会、そこに住む人々の生活、さらには働くということ、それらを含めた人々の「希望と未来」などへの関心は今も消え失せてはいない。
 これまで私は個別のテーマの小論をいくつか書き上げてきた。本書はその小論をとりまとめたもので、私の研究人生の集大成を意味する。にもかかわらず、ずいぶんの時間を要した。しかも今見て、それが完成されたものであるかは甚だ心許ない。1つのことを体系化してまとめ上げることがこんなにも大変であるということを改めて思い知らされた。
 とはいえ本書では企業福祉の本質に、真摯に向き合ったつもりである。企業福祉と関わりながら過去から現在までの日本の姿に真摯に向き合うことで未来の課題も見えてくる。本書は学術的な色合いを失わせず、なおかつ読者の関心をそそるにはどうすればいいかということを念頭に書き上げてみた。読者諸氏の批判を願ってやまない。
 最後に、これまで私は多くの人と出会い、その存在は私の生き様に有形無形の影響を与えてきた。私は、立ち位置が違う「異見」こそ、目を開き耳を傾けることで発達や成長を促し、前に進むことが出来ることに気がついた。本書の完成に直接間接に貢献された方々に、感謝の意を記して、まえがきとしたい。
 2019年初夏
     櫻井善行

企業福祉の実態と未来像を探る  十名直喜

著者は研究会・学会などで付き合いがあり、これまでの研究業績を抱えて私の研究室に訪れ、3年前から現代産業システム研究会に参加するようになった。
 本書は、トヨタと西三河地域をモデルにして、幅広い視点から企業福祉の日本的な特徴と課題を分析した労作である。「企業福祉」研究を社会科学的な分析へと昇華させたところに、その真骨頂がある。
 企業と家族に福祉をゆだねるという日本型福祉を担ってきた「企業福祉」は、日本的な労使関係や働き方、深刻な階層間格差の一因にもなってきた。本書は、働き方、労使関係、企業内教育、地域社会など多様な視点から「企業福祉」を体系的に捉え、その光と影の両側面を浮かび上がらせている。さらに、混迷を増す企業福祉の未来像も提示する。企業内の施策にとどまらず、協働的な地域づくりの触媒として活かすべしとの政策提起は示唆に富む。
 西三河地域で暮らし働きつつ傾注してきた四半世紀にわたる研究成果が込められている。ご一読されその魅力と迫力に触れていただきたい。(名古屋学院大学特任教授)